看護師の心に響く…ナイチンゲールの名言10選

ライター:鈴本 鈴

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今回は、偉人 ナイチンゲールの残した文章から「名言・格言」などを綴っていこうと思います。使用した本は「FlorenceNightingaleToHerNurses」です。
看護の歴史を変えた7つの素顔(著述家・看護の発見者・看護管理者・統計学者・衛生改革者・病院建築家・社会改革者)をもつナイチンゲールの言葉です。各言葉において文書に書かれている言葉を追記しておきます。ご紹介している文章はすべてのナイチンゲールの言葉です。ナイチンゲールはどの文章を持ってみても、皮肉っぽい言葉が多く見られるのが特徴とも言えます。

ナイチンゲールからのメッセージ

年ごと、月ごと、週ごとに「進歩」を重ねていない限り、自分は「退歩」していると思ってまちがいありません。

世の中は、事に病院内の世界はあまりに慌ただしいため、自分で気づかないうちに悪い習慣がついてしまうものです。さらに起こりやすいのは、一年間の訓練を実際にどう活かすかを具体的考えないまま、訓練期間を終えてしまうことです。結局のところ、どんな訓練もその目的は、自分自身を訓練する方法、自分で物事を観察する方法、自分でものごとを考え抜く方法を私たちに教えることです。

怠けるのは論外ですが、忙し祭に紛れて、一週目も、二週目も、三週目も過ぎてしまったということがないようにしましょう。過去六ヶ月の間に進歩していないのに、これから六ヶ月でそれができるなどと期待できるでしょうか。看護師になるための修業期間が一年間であったためその期間をどのように過ごすのか?ということや、看護師として自分を磨き続けることが必要だということを言われています。

友が与える以上のものを期待したり、同情を求めてうんざりさせたちしてはいけません。

病んだ肉体を丁重に看護するのは慈悲のある行いです。精神を病んでいる人たちや厄介な患者を、丁寧に忍耐強く看護するのは、さらに慈悲のある行いです。けれど、それよりもさらに慈悲に満ちた行為があります。たとえば、自分に対して親切でない人に親切にすること。自分に対して不愉快な振る舞いをする人に、礼儀正しくふるまうこと。失礼なことをされたときに、あるいはされたと思ったとき、また、深く傷つけられたときにも、その場で相手を許すことです。

私達に対して悪意ある振る舞いをした人に善意を持って接することができれば、それはなんという栄誉でしょうか。怒りっぽくて思いやりのない人にこそ、優しくしましょう。生きることによって、つまり自分自身であることによって他者の助けとなるのです。

私たちが昨年なし得たことを、うぬぼれや自負の材料として見るのでなく、励みになってくれるものとしてみましょう。

看護師であるということは、文字通り看護師であるということです。自分の気にいる仕事を任された時だけ看護師であるということではありません。気に入らない仕事を与えられたから働けないというなら…患者はいつも看護師の都合に任せるわけにはいかないのですから…それはワガママな子どもや、聞き分けのない女の子のような振る舞いであり、看護師の振る舞いではありません。

気に入らない仕事でも、高い志をもってやり続け、好きになれるかどうか。それが本物の看護師になるための試練なのです。私の経験をひとつ言わせてもらいます。どんな訓練を受けても、その人が、まず感じることを学び、次にモノゴトを自分の力で考え抜くことを学ばなければ役に立ちません。




人とともに生き、ともに働く

私たちは、ともに生きてます。それならば、互いの心に安らぎをもたらす生き方をしたいものです。私たちは皆、ともに働いています。ですからこの仕事が自分だけのささやかな楽しみなどでなく、もっと大きな意味あるものだということをしっかり理解してください。

自分自身を傷つけない

自分は人より優れていると思っている人たちは、人のお手本になりたいという気持ちが強すぎるのでないでしょうか。これに関連して、お話して起きていことがあります。(私は自分の間違いは正すことができない時もあるのに、人をたしなめることはいつでもできるのです)それは、良い仕事に従事しながら、地位や階級や役職のことで人を羨んだり、細かい点にこだわったりすることです。このような妬みを持つ人が傷つけているのは他人ではありません。たとえ他人を傷つけているとしても、誰よりも自分自身を傷つけているのです。

後悔するのでなく、次の誤りを避ける

普遍的な法則が存在するとすれば、「後悔」は本物の感情ではない、つまり実際に存在する感情でないということになります。後悔とは過去の自分を責める気持ちです。しかし、私たちの意思の源と意思そのものがずっと法則に従っていたのなら、1個人として、そういった自責の念は起こりようがありません。ある人に自責の念がないとき、その人が自分の過ちに気づいている場合と、その過ちに無関心である場合とは、できる限り明確に区別しなければなりません。健全な道徳観を持つ人なら、過ちを犯してしまったとき、それがたとえ避けようのない誤りであったとしても、その過ちに対して無監視であることはできないはずです。

怪我を負った人が、自分の過失が原因でなかったとしても、その怪我に無関心でいられないのと同じです。あのときはあれ以外の意思は持ちようがなかった、などということは賛成できません。それはまるで、ほかの意思を持とうと思っていた、あるいは持てたかもしれないのに、なにか外部からの力によってそうできなかったように聞こえます。しかし、実際には、意思が依存している状況には法則が働いているため、実際に存在した意思以外の意思が存在することは不可能なのです。  ここで、ぜひ伝えたいのは、人間の意志と行動に表れる法則をこのように理解することは、善悪に対する無関心を招くのではないということです。

後悔の年に屈するということ、すなわち防ぎようがなかったことに関して自分を責めるのは正しいことではありません。誤りを誤りとして意識すること、ーーー私たちが人生において、また自分自身の中で、恐れ、あるいは避けるべきものとして誤りを嫌悪することーーーそれが正しいことなのです。

批判したくなる相手の役に立つ

私たちの欠点や弱さ、虚栄心などは、薄れつつあるでしょうか?それとも私たちは相変わらず、無気力で飲み込みが遅く、騒々しく、おもいやりがなく、他者の助けになれる時もそうはせず、ただ手厳しく批判したりしているのでしょうか?人に対する批判的な心を和らげる最良の方法は、自分が批判している相手の役に立とうと努めることです。私自身の経験からそう申し上げます。




部下に対して「探偵」にならない

最も上手に人を治めるのは、自分の責任下にある人々を愚かにあまやかすのではなく、その人のためになること、その人にとって利益になることを、親身になって考える人です。「断固とした態度」が「神経質な気難しさ」に堕落することがあってはなりません。これに関連してひとつ忠告しておきます。上司という立場になったときには、野外で運動すること、月に一度は外出する日を作ること、そして年に一度は休暇をとることを、必ず守ってください。

自分の管理下にある人たちの仕事ぶりを、探偵としてではなく、審判員として見守ってください。あなたの中の探偵は「人を疑い、秘密を暴露する名人」ですが、しばしば誤った判断をし、愚かにも、誰もが悪人だと思い込みます。人の上に立つ人は、精錬所の炎に焼かれる試練を受けてきた人でなければなりません。幾多の試練をくぐり抜けながら1つの傷もない姿で出てきた人、見事に自分を律し、理念を寸分も曲げることなく、決して平常心を失うことがない人でなければなりません。

感情をコントロールする

人の上に立つ人は、なんでも自分の思い通りにするためでなく、誰もが幸せになるように奉仕するために存在しています。人をおさめる立場になろうとする人が決して処世術にしてはいけないのは「自分の好きなようにする」ということです。それは秩序を乱すことであって、人を治めるということではありません。悪魔に権力を渡すことです。人を治めるものは、人を治めたいという欲の持ち主であってはなりません。—中略—人を治めるものは、決して感情を高ぶらせてはいけません。したがって、肝に銘じておくべきことは、規則正しさ、時間厳守、そして決して慌てないことです。仕事に真剣でない人ほど、すぐに感情的になるものです。部下の看護師や患者、清掃作業員にきつく当たる人は、本当の意味で彼らの上に立っているとは言えません。彼らの下にいるのです。そして、病棟主任として患者や看護師に厳しくしていても、その実、彼らより優れてなどいないのです。

言い争いをしない

人と言い争いをしてはいけません。相手の心を苦しめるような事を言うのはやめましょう。自分が不愉快だからといって、人まで不愉快にさせるのはやめましょう。言い争いは、ほんの些細なことから生まれるものです。軽はずみな言葉や、トゲのある冗談、容赦ない命令。このようなことに気をつけないで、責任ある立場にいられる訳ありません。




ナイチンゲールの言葉はいかがでしたでしたでしょうか?なにか、心に響く言葉と出会えたら嬉しいです。最後に私の最も好きな言葉はどんな仕事をするにせよ、実際に学ぶことが出来るのは、現場においてのみである」という言葉です。

看護師は机上の知識だけ豊富であっても、必要な技術として、患者の皮膚に入り込み、内から患者を看るような、医者とは違う技術が必要になるものです。こればかりは、机上の上では学び取ることができないと思っております。また、ナイチンゲールはたくさんの偉業を成し遂げた人。看護師の人だけに限らず、色々なお仕事、または、タイミングでみなさんの心に残ることができれば、幸いです。

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